大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所川崎支部 昭和53年(ワ)205号 判決

原告

金福龍

右訴訟代理人

横溝徹

横溝正子

被告

右代表者法務大臣

古井喜實

右指定代理人

東松文雄

外四名

主文

被告は原告に対し、金四九万九六五〇円およびこれに対する昭和五二年三月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告が抵当権設定者兼所有者であつたところの別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物ともいう。)が横浜地方裁判所川崎支部昭和四一年(ケ)第三七号不動産任意競売事件(以下、本件競売事件という。)をもつて競売に付され、昭和四三年三月二一日訴外武岩周承に対し代金一八〇万円で競落許可決定がされ、同年四月二二日に武岩より競落代金の納付がされて競売手続が完結し、配当実施の結果、残金四九万九六五〇円が剰余金となつた(以下、本件剰余金ともいう。)ので、同剰余金は本件建物の所有者であつた原告へ交付されるべきものである。

2  原告は、昭和五二年三月七日弁護士横溝徹、同横溝正子を代理人として横浜地方裁判所川崎支部に対し本件剰余金の交付請求をした。

3  よつて、原告は被告に対し本件剰余金と、これに対する請求日の翌日である昭和五二年三月八日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否〈省略〉

三  抗弁

1  本件剰余金は、本件競売事件につき納付された競売保証金および競売代金の一部として横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官吏が保管していた保管金であるので、保管金規則(明治二三年法律第一号)の適用を受け、同規則一条により五年間交付の請求がないときは国庫に帰属するところになるところ、右期間は除斥期間であり、右期間の起算日は、本件では同規則一条第一により、保管義務解除の日にあたる本件競売事件の手続完結の日即ち昭和四三年五月二二日の翌日である同月二三日であるから、同日から起算して五年を経た昭和四八年五月二日の経過をもつて国庫に帰属した。

保管金規則は、会計法と同様民法制定以前に制定された法律であり、当初より同規則一条の期間満了による失権の規定を有していたところ、その後制定された民法に時効の規定がおかれ、会計法がこれを受けて、以前の期満免除の規定を時効制度に移行させたのに対し、保管金規則は民法の時効制度の影響を全く受けず今日に至つている。右制定の経過、および同規則の失権の規定は、会計法と異なり、政府が保管を委ねられた金員について保管義務がなくなつているにもかかわらず、消極的保管を継続しなければならない不確実な状態を速かに確定する必要から国の保管金に対する払戻請求権者に対し一方的に期間を付したという性質を有することから考えて、保管金規則に定める五年の期間は除斥期間と解すべきである。

よつて、原告の本件剰余金交付請求は失当である。

2  仮に保管金規則一条が消滅時効の規定であるとしても、本件剰余金交付請求権の時効の起算日は本件競売事件の手続完結の日の翌日である昭和四三年五月二三日であるから、この日から五年を経た昭和四八年五月二二日の経過をもつて時効消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件剰余金が本件競売事件につき納付された競売保証金および競売代金の一部として横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官吏が保管していた保管金であること、保管金規則一条が保管金につき、五年間払戻の請求がないときは国庫に帰属する旨の規定であることは認め、同条に定める期間が除斥期間であることは争う。右は消滅時効の規定である。即ち、保管金払戻請求権は、形成権と異なり固定的な期間のなじまない請求権であること、および金銭の納付を目的とする国に対する権利につき規定する会計法が、その権利の消滅につき時効による旨を明文化していることや、供託金取戻請求権の消滅も時効によると解されていることに照らして、本件剰余金交付請求権も除斥期間にかかるものでなく時効期間にかかるものと解される。

2  同2のうち本件剰余金交付請求権の時効の起算日が保管金規則一条第一にいう保管金義務解除の日、即ち本件競売事件の手続完結の日の翌日であることは争う。本件において保管義務の解除の翌日とは、競売裁判所から歳入歳出外現金出納官吏に対し払出通知がされた昭和五二年三月六日の翌日である同月七日であるというべきである。同官吏は、その職務権限上、競売裁判所から払出通知を受けて初めて保管金支払をなし得、払出通知を受けない間は保管義務は解除されずに存続するからである。

五  再抗弁

仮に本件剰余金交付請求権の時効の起算日が競売手続完結の翌日であるとしても、前記のとおり保管金規則一条の定める五年の期間は時効期間であり、右時効はその後中断した。即ち、訴外武岩周承は原告を債務者、被告を第三債務者とし、本件剰余金債権につき仮差押申請をなし、右は横浜地方裁判所川崎支部昭和四三年(ヨ)第二八九号事件として係属し、昭和四三年一〇月一二日仮差押決定がされ、右決定正本は、同日被告に、同月一四日頃原告に、各送達された。従つて、遅くとも昭和四三年一〇月一四日に本件剰余金交付請求権の消滅時効は中断された。

右中断の根拠は保管金規則一条第三である。即ち、同条第三は、保管金払出日後において訴訟事件のために払戻が請求できなくなつた時から時効が中断し、請求が可能となつた裁判確定日の翌日から再び時効が進行することを規定したものであるから、本件も仮差押決定後は、その仮差押訴訟事件のために払戻を請求できなくなつたのであつて、右規定に該当するからである。

仮にしからずとするも、民法一五四条により時効が中断した。同条は、仮差押の被保全債権には限定されるものではなく、仮差押によつて仮差押債務者の第三債務者に対する権利行使が妨げられている状態にある被差押債権について類推適用されるべきだからである。仮差押決定で取立を禁止された債権について別途に訴提起の方法で請求しなければ権利の上に眠れるものと擬する立場は一般人の持つ法理念と甚しく乖離する。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち、訴外武岩周承より原告を債務者、被告を第三債務者とし、本件剰余金債権を対象として仮差押申請がなされ、右が横浜地方裁判所川崎支部昭和四三年(ヨ)第二八九号事件として係属したこと、昭和四三年一〇月一二日仮差押決定がなされ、右決定正本が同日被告に、同月一四日頃原告に各送達されたことは認めるが、その余の主張は争う。

保管金規則一条第三は、その文言から明らかなとおり期間の起算日を定めたものであつて、その中断を定めたものではない。

また本件仮差押は会計法三一条二項で準用される民法上の時効中断事由にも該当しない。債権に対する仮差押は被保全権利たる債権についての時効中断事由に止まり、本件仮差押における本件剰余金債権のように仮差押の対象とされた債権の時効を中断するものではない。仮差押債務者たる原告は、仮差押を受けている間も、本件剰余金債権につき交付請求訴訟を提起し、無条件の勝訴判決を受けることができ、これによつて時効を中断する手段を有するし、これをとるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二被告は、本件剰余金交付請求権が除斥期間経過或は時効により既に消滅したと抗弁するので、以下判断する。

1  除斥期間の主張について

本件剰余金債権は、任意競売手続により生じた原告の国に対する債権であることは請求原因事実より明らかであり、これが本件競売事件につき納付された競売保証金および競売代金の一部として横浜地方裁判所川崎支部歳入歳出外現金出納官吏が保管していた保管金であることは当事者間に争いがないので、本件剰余金は当然に保管金規則(明治二三年法律第一号)の適用を受けることになる。そうして、同規則一条は、保管金につき起算日より五年間払戻の請求がないときは、政府の所得とする旨規定しているので、まず右期間の性質につき判断する。

保管金規則一条に定める期間が除斥期間か或は時効期間かは、条文上必ずしも明らかでない。しかし、同条は保管金払渡請求権を律するものであつて、権利の性質上形成権と異なり時効制度によりなじみやすいと言える。そして保管金規則は、会計法の特別法たる地位にあるところ、会計法には、保管金規則と同様に、五年間権利の行使のないときに権利を消滅させる旨の規定(三〇条)が存するが、同条は明文でもつて右期間が時効期間であることを定めていることからして、保管金規則一条も同法と同一に解するのが相当であるし、保管金の一種である供託金の取戻請求権については既に時効期間であると解されていることを考え合わせると、保管金規則一条の期間は時効期間と解するのが相当である。

被告は、保管金規則と会計法とは沿革を異にするので、両者を同一に取扱うべきでない旨の主張をするが、保管金規則が、現行民法制定前に制定され、現行民法によつて今にみる時効制度が定められてからも、会計法と異なり同規則一条に時効の字句を伴つた改正がなされなかつたことは被告主張のとおりであるが、これをもつて直ちに同規則につき、現行会計法と別異の解釈をすべきだとは言えないし、また保管金規則一条は、国の保管金につき保管義務がなくなつて後の保管継続を速かに終了させる必要から規定されたものと考えられる反面、保管金にかかる権利者の請求権を同条の要件をもつて喪失させる機能をも有し、この点会計法の時効規定と何ら変わりはないのであるから、両規定の性質が異なるとの被告主張は根拠がない。従つて、保管金規則一条に定める期間が除斥期間であることを前提とする被告の抗弁は採用できない。

2  消滅時効の主張について

保管金規則一条の期間を時効期間と解すべきこと前示のとおりであるが、時効の起算日について検討するに、本件剰余金債権は、その性質上、保管金規則一条第一に定める保管義務解除の期あるものに該当し、その時効は右義務を解除したる日の翌日から進行するものと解するのが相当である。蓋し、本件剰余金は、任意競売手続により生じたものであるが、民事訴訟法の競販手続に準じて実施される配当手続において各配当権利者とともに、競売物件の所有者がその交付を請求し得るものであるから、国は、右配当が実施され競売手続が完結するまで、これを保管する義務があると言うべきだからである。

原告は、本件において保管義務解除の翌日とは、競売裁判所から歳入歳出外現金出納官吏に対し払出通知がされた日の翌日であると主張するが、競売手続上、競売裁判所から歳入歳出外現金出納官吏に対し払出通知がされるが、右通知は、保管金出納事務の便宜をはかるための手続に過ぎず、権利者の権利行使期間に影響を及ぼすものでないと解するので、原告の右主張は採用できない。

昭和四一年(ケ)第三七号記録によると、本件競売手続につき配当が実施され競売手続が完結したのは、昭和四三年五月二二日であることが認められるから、本件剰余金交付請求権の起算日は、その翌日(同月二三日)となる。

よつて、右請求権は、時効の中断がなければ同日より五年の経過をもつて消滅したことになる。

三そこで、次に原告の再抗弁(時効の中断)について判断する。

1  訴外武岩周承より、原告を債務者、被告を第三債務者とし、本件剰余金債権を対象として仮差押申請がなされ、右が横浜地方裁判所川崎支部昭和四三年(ヨ)第二八九号事件として係属し、昭和四三年一〇月一二日仮差押決定がなされ、右決定正本が同日被告に、同月一四日頃原告に各送達されたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、右仮差押によつて本件剰余金交付請求権の時効が中断されたと主張する。

原告はまず、保管金規則一条第三が、保管金払出日後において訴訟事件のために払戻が請求できなくなつた時から時効が中断し、請求が可能となつた裁判確定の日の翌日から再び時効が進行することを規定したものであるから、本件も前記仮差押決定後はその仮差押訴訟事件のために払戻を請求できなくなつたのであるから、右規定が時効中断の根拠規定であると主張するが、同条第三の規定は、保管金払戻請求権の存否ないし帰属が訴訟事件で争われているために不確定の場合には、その裁判が確定してから時効の進行を認めるのが相当である趣旨から言つて、時効期間の起算日を定めたものであり、時効中断について定めたものでないと解するので、原告の右主張は採用できない。

次に、原告は、民法一四七条をもつて、前記時効中断の根拠規定であると主張するが、本件剰余金債権が、右仮差押の請求債権ではなく、被仮差押債権であるので、民法一四七条がこれについても時効中断の効力を認めているかどうかは争いの存するところである。

しかしながら、同条は、仮差押によつて時効が中断される債権が請求債権か或は債権仮差押における被仮差押債権かについて何ら限定していないこと、時効制度は客観的に権利不行使の事実状態が継続した場合にこれをそのまま法律関係とするのが社会の法律関係の安定となることを考慮したものであるので、債権仮差押決定を第三債務者に送達することによつて債権仮差押の被仮差押債権が客観的には行使されたと同視される事実状態が現出され、右の権利不行使の事実状態が破られた、即ち被仮差押債権についても時効中断を生ずると解してもよい実質上の根拠があること、また主観的に言つても、債権仮差押により被仮差押債権者は、その債権を行使できない拘束を受けることになるので、権利の上に眠つているものとの評価を与え得ないことになる点を考慮して、債権仮差押により、たんに仮差押の請求債権についてだけではなく、被仮差押債権についても時効中断の効果を生じると解するのが相当である。

被告は、被仮差押債権者は、仮差押によつて取立を禁止されている間も、第三債権者に対し請求訴訟を提起し得るし、これにより時効を中断すべきであるから、とくに被仮差押債権についてまで時効中断を認めるべきでないと主張する。しかし、被仮差押債権中には、その存在、数額等につき争いがないものも多数あり、争いのある場合でも、仮差押によつて差当つて弁済を受けることのできない債権について、ただ時効を中断する目的でのみ多額の費用を投じて訴を提起させるのは、訴訟の本来の趣旨に沿わず、当事者にこれを要求するのは酷でもある(これにより一旦給付判決を得ても、その後再び時効が進行し、極端の場合仮差押が継続している間に時効が完成しそうになれば再び請求訴訟を提起しなければならなくなる。)。従つて、仮差押継続中に被仮差押債権者が訴の提起をなし得ることは被仮差押債権について仮差押による時効中断を否定する理由とはならないと考えるので、被告の前記主張は採用できない。

よつて、本件剰余金債権を被仮差押債権として昭和四三年一〇月一二日仮差押決定がなされ、同決定の効力発生の日である同決定が第三債務者である被告に送達された右同日本件剰余金交付請求権の消滅時効は中断されたと言うべきであるから、原告の再抗弁は理由があり、従つて、本件剰余金交付請求権が、消滅時効完成によつて消滅したとの被告の抗弁は失当となる。

四よつて、原告の本件剰余金と、これに対する本件競売手続完結後の原告が請求した昭和五二年三月七日の翌日である同月八日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(上村多平 日浦人司 高田泰治)

物件目録

川崎市小川町七番地二(現川崎市川崎区小川町七番地二)所在

家屋番号七番二の四

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅

床面積 一階 16.66平方メートル

二階 11.00平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例